1995年、ダブリンでの初演以来、世界中の完売記録を塗り替える快進撃でショー・ビジネス界の常識を打ち破った〈リバーダンス〉。
このショーは94年に開催されたヨーロッパ最大の音楽祭〈ユーロビジョンソングコンテスト〉をきっかけに生まれた。
当時ホスト国であったアイルランドのTVプロデューサー=モイヤ・ドハティーは、幕間の穴埋めのために何か出し物を企画しなければならなかった。
「何かアイルランド的なものを」
「何か新しいアイルランドのイメージをアピールできるものを」という彼女の想いとアイデアをもとに、同僚のジョン・マクローガン、音楽家のビル・ウィーランとともに作り上げたのが、現在も公演の第1部クライマックスを飾る7分間のパフォーマンスだった。
総勢24名のダンサーがコーラスラインのように横一列に整列し、パワフルなタップの靴音を響かせたとき、観客はこれまでに見たこともないようなダンスに釘付けになった。
顔はまっすぐに前を向き、上半身は直立させたまま全く動かさないのに、脚だけが音楽と連動し、凄まじいスピードでステップを刻む。その一糸乱れぬ群舞の迫力! ダンスが終わるや否や嵐のようなスタンディングオベーションが巻き起こった。そしてその様子はヨーロッパ全土3億人のTV視聴者をも熱狂させたのである。
一夜明けると反響は凄まじく、その熱烈な声に押されるように7分間のパフォーマンスは2時間に拡大され、劇場で上演されることになった。それがダブリンで初演された〈リバーダンス〉である。
人口400万人にも満たないヨーロッパの小国アイルランドが、自国の歴史や伝統、民族の文化を色濃く盛り込んで練り上げた2時間のダンス・エンタテインメントは95年、ロンドンで当初10公演の予定が151公演となる空前のヒットを記録した。
96年にはミュージカルの本場NYのラジオシティ・ミュージック・ホールで初のアメリカ進出を果たし、絶賛を浴びた。公演の翌週にはCD『リバーダンス〜ミュージック・フロム・ザ・ショー』がビルボード誌のワールドミュージック・チャートで1位を獲得。
この公演を機に全米、ヨーロッパでの人気がヒートアップ。96〜97年にかけて、UKではCDと公演の模様を収録したビデオが150週もの間チャートイン。当初3ヵ月半の予定でスタートしたロンドン・アポロ劇場での公演は8ヶ月に及ぶロングランとなった。
全米ツアーを敢行したアメリカでも各地で完売記録を塗り替え、グラミー賞ではベスト・ミュージカルアルバム賞を受賞、3度目のラジオシティ・ミュージック・ホール公演では3週間連続公演を敢行、チケットをすべて完売し、歴史ある同ホール史上2番目となる連続公演記録を達成した。
この爆発的な人気にともなってダンス・カンパニーは3つになり、UKやヨーロッパ、北米、オセアニア、アジアと世界中を回るようになった。2007年は北米はBoyne組、ヨーロッパはCorrib組、アイルランドはFoile組が公演を予定している。
日本には99年に初来日。皇太子ご夫妻が行啓されたのをはじめ、東京・大阪全16公演で5.5万人の観客を動員。翌2000年には東京・福岡・名古屋・大阪の4大都市で全29公演、14万人の観客を集めた。さらに2003年、3度目の来日公演では前回の4大都市に広島・仙台を加えた6都市で全44公演、22万人を動員。リバーダンス・ファンやアイルランドに関心を抱く人はここ数年、日本でも爆発的に増えている。4度目の来日公演では6都市で全54公演10万人を動員、しかも要望の多かった劇場で開催された。5度目の来日は新たに新潟/富山を加えた8都市66公演!東京は赤坂に新たにオープンする赤坂アクトシアターで4ウィークにわたり32公演を行う。パワフルなタップの靴音や音楽のライブがより間近で、リアルに感じられるのは間違いないだろう。